2010年8月アーカイブ

救急医療体制

昨日の健康福祉員会において、「救急医療体制の充実に向けた今後の取組について」報告があった。これは、重症患者の救急搬送において、現場滞在時間が30分以上の割合が16.5%と、全国の政令指定都市でワーストワンとなっている現状に起因している。川崎市は、今後、取組むべき6つの方向性を示した。

 

①救急患者受入情報の適正化

②初期診療対応病院等の設置

③市民への救急医療の普及啓発

④療養病床の確保に向けた仕組みづくり

⑤小児救急体制の充実(中部小児救急医療センターの設置の検討)

⑥周産期医療ネットワークの充実などに向けた取組

 

特に重要と考えるのが④の、一般病床からの転換にある。療養病床の確保については、川崎社会保険病院50床、たま日吉台病院分院137床を予定している。また、小児救急医療センターは、現在ある北部・南部とも受け入れがいっぱいの状況が続いている。新たな「中部小児救急医療センターの設置の検討」といわず、「早急な設置」と踏み込んでほしい。

 第4回川崎市議会定例会に向けた事前の提案説明が、健康福祉委員会において行われた。議題のなかには、関係した事業の報告もあった。その1つに、(仮称)健康安全研究センターを新設する計画があると報告があった。施設は、2012年度中に、川崎区殿町3丁目に整備される。

 新設の理由は、現在ある川崎市衛生研究所(川崎区大島)が、建設から39年経過しており、施設の老朽化が課題となっていたこと等による。新たな計画地である殿町3丁目地区は、神奈川口構想にあたる場所で、世界の玄関口ともなる抜群の地の利となる。川崎市は、この地区にライフサイエンス機能を備えた、新たな産業の集積を図ろうと計画している。

施設は、建設予定の(仮称)産学公民連携研究センターの2階に新設する。同じ建物内には、大学の研究機関や環境総合研究所等が入る予定となっており、相乗効果も期待できる。業務内容は、疾病予防、食品及び栄養・医療品・化学物質に関する調査研究と多岐にわたり、川崎市民の健康を守ることに貢献する。

 新型インフルエンザなど、予想を超える感染も起こっている。感染予防は、時間との戦いとなる。新設により、パンデミックの抑止にも、迅速に対処する環境が整うことになる。期待の神奈川口構想は、足踏み状態が続き、なかなか進展しない感がある。こうした施設の計画は、ビッグプロジェクト(神奈川口構想)をけん引すべく、予定通り進めてもらいたいものである。

川崎市議会改革

 議会運営委員会が午前、開催された。副委員長を拝命している私は、委員長と議論を重ね、議会改革に向けたプランを作成し、正副委員長案を提案していた。これまでの会議では、そのプランをもとに議論が進められ、今日の会議の結論として、2つの決定をみることができた。

1つは、「請願・陳情の審査等における傍聴者への資料の提供」である。これまでの常任委員会では、傍聴者へ審議のための資料提供は行われていない。議論の結果、情報開示を進める観点から830日の委員会から、傍聴者に制限付きで、資料の貸し出しを試行実施することを決めた。

 2つは、200911月に議場内に設置された、大型ディスプレーの有効活用についてである。議員が質問する際に、大型画面に映し出すエクセルの表や、図、写真によって、視覚で訴えることを可能とするか否かである。会議の結果、9月議会の決算審査特別委員会から、条件付きで試行実施することが決まった。

 次回予定の議会運営委員会では、「区長の一般質問への出席について」議論を深める予定だ。議会基本条例の施行から、1年が経過をした。そろそろ、具体的な動きがみられてもいい時期にさしかかっている。議会をより身近に分かりやすく、議論の中身が伝えられるよう、今後も慎重に審議を進めていきたい。

Jリーグの役割

Jリーグが華々しく誕生したのは、1993年のことだった。既にバブルがはじけ、失われた10年の始まりだったこの頃、暗い話題が多く聞かれ、国民が下を向き始めた時期だった。それだけにJリーグの開幕は、より鮮明に輝かしく映ってみえた。あれから17年が経った今、地域密着型のプロスポーツは、Wカップ効果も後押しとなり、市民権を得ているといっていい。

今日は、J1リーグでの優勝が3回の実績を誇る、横浜F・マリノス本社で幹部の方から、「プロサッカーチームとしての果たす役割など」について伺った。終了後、施設内を見学させてもらったが、さすがJリーグ。室内には、リハビリ用プールやらグラウンドを見下ろす食堂、個別に仕切られたロッカールームと、羨ましい限りの充実ぶりである。

 

「子ども達には、学校では教えてくれない何かを、サッカーから学んでほしい。」担当者の声に力が入る。Jリーグで優勝を重ねた王者でさえも、観客数の伸びには悩みがあった。そこから分かったことは、強いだけでは駄目であるということ。必要なのは、地域社会と一体になったクラブ活動(社会貢献活動)だった、と語る。

横浜市と横須賀市をホームタウンにもつこの球団の特徴は、地域と一体になった積極的な活動にあった。ふれあいサッカー教室を始め、イベントの参加など、地域との関係を構築するための積極的な努力が続けられていた。その結果、観客動員数(2010年)では、浦和に続く2位の座にまでのぼりつめていた。

IMG_0573.JPG説明を聴いて驚いたのは、マリノスが食育活動を行っていたことである。健康な生活を送るための3要素を皆さんはご存知だろうか。答えは、運動、休養、栄養だそうだ。当然、サッカーをするには、運動と休養はセットだと理解する。クラブでは加えて、栄養の指導に力点を置いている。所属する選手や家族に対して、管理栄養士が食の大切さを教え、欠食・孤食・偏食を正している。(右写真:マリノス食堂にあったランチメニューと栄養バラン表)

 これからのJリーグの果たす役割は、地域貢献にある。特に、子ども達がより身近にプロの技術にふれ、選手との距離を縮められる、そんな活動を行ってほしい。憧れのプロサッカー選手がパスをしてくれた、同じボールを蹴っている。それだけで子どもは、夢と希望が持てるのではないか。ホームタウンスポーツとは、市民の誇りとなり地域とともに育っていくことにあると結論する。

高齢者が増加することに比例して、認知症高齢者の徘徊者数も増える傾向にある。徘徊をする高齢者をいかに早期発見し、家族のもとに戻すか、社会の見守りが必要となっている。認知症高齢者の徘徊の早期発見に、地域をネットワーク化することによって、実現しようとする自治体がある。富山県富山市の事例を参考に、この問題を考える。

富山市には、「富山市認知症高齢者徘徊SOS緊急ダイヤル」がある。徘徊者が発生したのち、協力団体への伝達方法に、メールが活用されている。家族からのSOS緊急ダイヤルを受けると、登録した協力団体に徘徊者の顔が入った情報メールが、エリア限定(第一配信エリア)で配信される。発見までに1間以上が経過をした場合、第二配信エリア(市内全域)まで配信される。

事業の特徴は、協力団体に民間(銀行・タクシー会社・農協・美容・理容・マスコミなど)の、地域に根ざした事業者が多く含まれている点にある。その結果、通報から保護までのかかった時間が、2時間未満だった割合が65.4%と、早期発見に効果を発揮している。

 健康福祉委員会の視察で富山市に出向き担当者から、事業内容について直接、伺った。行政の役割として必要だと感じたのは、安全・安心のための「見守りネットワークづくり」にあるということ。当然、公助には限界がある。そこで行政に求められる役割というのは、点を線で結ぶネットワークづくりにある。認知症高齢者を徘徊から守るのは、その絆を生かした地域の「見守り力」にかかっている。

 川崎市でも、富山市の事例を参考にするべきであると考える。早速、川崎市と意見交換を予定している。

人気の美術館

IMG_0555.JPG芸術にふれる贅沢な休日の過ごし方をみつけました。雑誌の読者アンケートで「一番好きな美術館はどこですか?」との質問で1位になっていたのが、左写真の「原美術館」でした。人気とあらば行きたくなるのが私の性分。早速、品川に行ってきました。

 

この美術館は、もともと私邸だったため、住宅街のなかにありました。立派な門を入ると、白い南国風の清潔感ある洋館が見えてきます。設計したのは、近代日本の建築家である渡辺仁氏です。渡辺氏はなんと、和光(銀座)、東京国立博物館(台東区)、ホテルニューグランド(横浜)など、誰しもが知る有名な建築物を手掛けた人物。建物を見るだけでも行く価値ありです。

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 芸術作品を見た後は、芝生の庭を眺めながら「Café d Art」で乾いたのどを潤します。モダンアートの余韻を楽しむにはうってつけのカフェです。ここでは、落ち着いた雰囲気のなかで、食事も甘い物もいただけます。日頃のストレスを忘れさせてくれる、そんな美術館でした。   

IMG_0548.JPG石川県金沢市の「金沢福祉用具プラザ」を視察しました。金沢駅の目抜き通りに位置するこの施設では、高齢者や障害者が生活するうえで必要な補助器具の展示、相談を行っています。金沢市の指定管理者制度によって、社会福祉協議会に管理運営を任せています。

 

写真は、展示品の1つで「視覚障がい者歩道誘導ソフトマット」です。視覚障がい者の方が移動する際、杖でマットをたたきながら歩き、目的地に誘導されるシステムです。特徴は、マットの上だと、センサーに反応した杖自体がバイブレーターにより振動します。

 

 この室内用マットは、世田谷区役所の第123庁舎の玄関から、受付への誘導に導入されています。川崎市には、レインボーと川崎市身体障害者福祉会館の2箇所のみ設置されています。移動の円滑化の促進のためには、行政の積極的な取組みが必要です。室内に限らず室外にも導入が進むことが望まれます。
 

IMG_0517.JPG新幹線MAXトキに揺られ越後湯沢に到着。サンダーバードに乗りかえて日本海を横目に、富山県富山市にやってまいりました。目的は、日本初となる行政主導型のレンタル自転車を視察するためです。フランスのパリをはじめ、ヨーロッパ各都市で導入が進んでいるエコ最先端の取組みは注目に値します。他の自治体からも行政視察が増えているというレンタルバイク。その実態にせまります。

 

さて、日本で初めて導入された「シクロシティ富山」は、実にエコな乗り物である自転車を推進する取組みです。富山駅を中心に、概ね200m間隔で設置された15の専用ポート(自転車スタンド)を核に、自由に自転車を乗り降りし、移動することが可能です。自転車のボディーもスタイリッシュでかっこいい。

 

利用料は、ウエブサイトから事前登録後、基本料がかかります。パスカ(こちらでいうパスモ)利用の場合、500/月々がかかります。加えての利用料は、30分までが無料で、超過の1時間までが200円となっています。右下の写真がスタンドで、パスカをかざすと自転車が借りられる仕組みです。

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 行政の方の話によると、整備費は13500万円余。行政負担は、国の補助が100%と民間企業のMCドゥコー社が管理・運営のため、なんと負担はゼロ。市民にとっては環境にも優しく、1日何度でも利用できるところが魅力のレンタルサイクル。川崎市はもちろん、ヨーロッパ型のエコスタイルが、他の自治体にも広がることを願います。

花供養祭

 花の精霊に供養と感謝を捧げるための「花供養祭」が日本各地で行われているということを、皆さんはご存じであっただろうか。特に、川崎市宮前区馬絹の泉福寺で毎年行われる「花供養祭」は歴史がある。今回で92回目になる式典に、私も参加させて頂いた。そもそも花に対する供養とは、一体何のために行うのだろうか。

 

式典は、まず住職による読経から始まる。後に、参列者による御焼香、慰霊碑に御線香を手向けて終了となる。ある文献には、こう記されている。花供養祭とは「永く花の霊に感謝をし、慰める」行為と記している。このことは、日本人が古来よりもつ宗教観や歴史が、全ての生きとし生けるものへの感謝の念となり続けられているものと理解する。おそらく世界広しといえども、日本以外にこうした行事をする国は、まずないだろう。

 

直会で挨拶にたった住職は、仏教の言葉を引用した。「山川草木悉皆成仏」(サンセンソウモクシッカイジョウブツ ~この世の全てのものに、仏性が宿っている)は、全てのもが成仏できるのだと説明する。花や木も生きている、と認識するだけでも、何気ない外の景色も鮮やかに彩られた違った景色にすらみえる気がする。

 

 式典の主催は、JAセレサ川崎花卉部馬絹支部によるものである。感じとれたのは、人間と自然を分けることなどできない。花や木(自然)に感謝の念を抱くことにより、人間と自然の共生を考える一歩となる。花供養祭は、花や木(自然)と向き合う上での、大切な心構えを教えてくれているのだと気づく。

アラフォーな私

img121.jpg一時、アラフォーという言葉がよく聞かれた。アラフォーという言葉をネットで検索してみると「around40の略」、つまり40歳前後の女性を指すと説明している。えっ!私は、勘違いをしていたようだ。てっきりこの言葉、男性も含まれているものと思い、自分にあてはめた冗談話しに利用していた。そんな、私もいよいよ826日、40歳の誕生日を迎えようとしている。

40代という経験のない世界へと突入するこの夏、少なからず迷いもある。年を重ねることが出来たことに感謝をしつつも、これからの人生観について、今一度、考える節目の時期に来ているからだ。何か人生論のようなヒントが欲しい、最近そう考えていた。

たまプラーザ駅に用ができた。待ち合わせの時間まで少しあったので、駅の上に新しくできた有隣堂にたち寄った。自己啓発本が最近、気になっていた。手に取ったのが『男が40代でやっておくべきこと』(川北義則著)だった。サブタイトルの帯に「男は40歳からが面白い!」とあり、心の欲するままに手に取り迷わずレジに向かった。

 仕事、家族、遊び、人生の成功者の意見は、生き方の羅針盤ともなる。著者の川北氏は、会ったこともなければ講演を聴いたこともない人物である。しかし、読んでみると、本に書かれているロジックには何故だか説得力がある。それなりの苦労と経験を重ねてこられたのであろう。今夜はまだ、読み終わらないこの本と、一緒に寝ようと思う。

川崎市平和館

IMG_0496.jpg 外では蝉の音が響きわたり、テレビをつければ高校球児が所狭しとボールを追いかけ、変わりのない平和な夏を迎えています。今の平和は、あの厳しい戦争の時代を過ごしてきた先人の苦労があって、今の私たちがいます。しかし、当時のことに無関心な若者も増えているのも事実です。今日は、終戦記念日です。そこで、戦争について改めて考えようと、川崎市平和館に足を運んでみました。 

平和館では、川崎大空襲に関係した所蔵品や、空襲の映像を紹介しています。見ていると、当時の惨状を肌で感じることが出来ます。ここでは、もう一つの戦争として、現在ある人権問題・飢餓・貧困・環境破壊といったテーマでも、問題を提起しています。

川崎市では、昭和20415日午後103分、突如の大空襲にみまわれ、1000人の尊い命が奪われました。当時の事を語ることが出来る人は少なくなっています。私も、今は亡き祖父から、戦争体験を子供ながらに聴いたことを覚えています。

川崎市は、「二度と同じ過ちを繰り返さない」という願いを込めて、昭和57年に「核兵器廃絶平和都市宣言」をしました。未来に続く平和のために、核廃絶にむけて警鐘を鳴らし続けています。平和館は、そうしたメッセージを発信する中心となる施設で、平和や家族の絆を考えるそんな場所です。市民の多くは平和館の存在すら知らない方もいます。是非、一度行かれてみてはいかがでしょう。

  

 川崎市平和館では、84日から829日までの間、「原爆展・特別展~ナガサキの原爆~」を開催しています。

http://www.city.kawasaki.jp/25/25heiwa/home/heiwahome/index.htm

 

食中毒警報発令中!

 夏は、食中毒が心配な季節です。神奈川県では、727日に『食中毒警報』を発令しています。そんなさなか、川崎市健康福祉局からFAXで、食中毒事件発生の情報提供がありました。

内容は、高津区内の焼き肉店が原因とする食中毒が発生し、7名が被害にあったというものです。病因物質は腸管出血性大腸菌O157でした。幸いにも医療機関受診者の患者さん全員が、快方に向かっているとのこと。現在、その焼き肉店は88日(日)まで営業停止処分を受けています。

 川崎市内の食中毒発生状況は、平成2211日から86日までの間で、11件発生し、患者数は91名にのぼっています。昨年の同時期の発生件数は1件、患者数においては10名でした。比較すると今年は特に、急増していることがわかります。

こう暑い日が続くと、食品の傷みも早くなります。家庭の食料品を今一度、チェックしたほうがよさそうです。そして、生肉はしっかり焼くことが必要です。食中毒の予防を心がけましょう。 

 

川崎市資料より

食中毒予防の3原則

1 食中毒菌をつけない...手や調理器具類をよく洗いましょう。

2 食中毒菌を増やさない...冷蔵庫で保存しましょう。

3 食中毒菌を殺菌する・・・中心部までよく加熱しましょう。

 

予防のポイント

1 肉類はよく加熱して食べましょう。(751分以上の加熱)

  特に、乳幼児や高齢者の方、抵抗力の弱い方は、肉類の生食を避けて下さい。

2 生肉の処理に使用した器具類は、よく洗浄し、消毒、乾燥させましょう。

3 生肉を触った後は、よく手を洗いましょう。

4 動物を触った後は、よく手を洗いましょう。

高齢化社会の行方

「一体、どうなっているのか長寿社会日本」といいたくなる出来事が起きている。113歳の高齢者が所在不明となり、調べたら亡くなっていたことが分かった。しかも、遺族年金が払い続けらていたのである。あわてた自治体は、他にも同様のケースがないか調査を行ったところ、全国の自治体でも56名の所在が分からなくなっていることが発覚した。長寿社会としてその地位を確立してきた日本だが、どこに問題があったのだろう。

 

 問題を探る上で、手続き面ではどうであろうか。行政は住民票が届け出制のため、書類を出さずに転居したケースでは、行き先を確認する術をもたず、追跡するんのが困難である。住民票の転居届けをせず、他の自治体に移転をしてしまっていることが問題を複雑にしている。仮に、自宅に行ったとしても、家族が何らかの理由で拒めば、無理やり面会を迫ることは自治体職員でもできない。

 

川崎市では現在、100歳を超えるお年寄りが334名いる。健康福祉局の話によると、この事件を受けて、100歳以上の高齢者の確認作業を行うことを検討している。今後、戸別訪問などを通じて1カ月間程度、実施する予定だという。

 

地域では、民生委員の方々が、地域の高齢者を見守っている。川崎市の施策では「介護予防いきいき大作戦」を展開している。地域住民によって、見守り、支えあい、助け合いといった視点でコミュニティづくりを積極的に行っている。地域の強いつながりこそが、こうした問題を防ぐ、唯一の方策だと私は考える。

太陽光発電の普及に期待

鳩山前首相が、国連の大舞台で「温室効果ガスを1990年比で2020年までに25%の削減を目指すと」といって、センセーショナルなデビューを飾ったのはつい昨年のことである。首相が代わった今も、民主党マニフェスト2009にある「全量買い取り方式の再生可能エネルギーに対する固定価格買い取り制度を早期に導入する」とした約束を履行しようと準備を進めている。

菅政権は、太陽光発電などの再生エネルギーでつくった電力を、全て買い取ることを義務化する「全量固定価格買い取り制度」を2012年に導入することを目指している。私が考える政策でも、同様の提案をしたことがある。自然エネルギーの普及を進め、低炭素社会の実現のためには必要な政策であると理解する。

 忘れてはならないのが、高めの価格で電力会社が買った料金は、太陽光発電を設置していない家庭の負担として跳ね返ってくることである。国民の負担増をどう説明し、理解を得るのかが問われている。今後の政府の取り組に期待をし、引き続き我々国民に分かりやすく丁寧な説明を求めたい。

ヨットに魅せられて

IMG_0430.JPG横浜ベイサイドマリーナで、ヨットのメンテナンスを手伝いました。一緒にメンテナンスを行ったのが、友人の竹田さんです。彼は、大のヨット愛好家です。大学生時代には、アルバイトをして貯めた資金でヨット(オリーブ号)を購入し、大学を一年間休学してまで、単独日本一周を達成した人物です。当時のマスコミでも一躍話題になりました。

彼が日本一周をしようと考えたきっかけになったのが、人との出会いからでした。世界一周中のアメリカ人老夫婦のヨットに乗せてもらったことがきっかけだったというから驚きです。人生の途中での出会いが、その人の人生にも影響を与える。出会いとは本当に素晴らしいものです。今の私は、竹田さんとのご縁に影響を受けています。竹田さんのもつ冒険心や自然と対話することの魅力を教えて頂いたことで、ヨットを一から勉強しようと考えました。今では私のヨットの師匠として指導を頂いております。関係を分かりやすくいえば、浜ちゃん・スーさんといったところでしょう。

さて、ヨットのメンテナンスですが、1年に1回行っています。作業は、梅雨明けの時期をみて、2日間で実施します。クレーンで陸に上げ、船に付着した貝殻や海藻をはがします。船底を、水圧放水できれいに流した後は、ワックスや塗料を塗り作業は終了です。

 特にマリンレジャーは、安全が第一です。海上で故障したり破損したりすると大事故につながります。それだけにメンテナンスは真剣そのもの。竹田さんの「オリーブ号」は、今でも現役です。日本一周を達成した後も、オーナーの手厚いメンテナンスによって、海との対話を楽しませてくれています。